曲目解説

OP.17 瞑想的即興曲「流離」 SASURAI-A Meditative Improvisation op.17

作曲年:1985

日本の芸術においては、四季の情緒が大変重要な意味を持っています。この曲は、オルガン音楽の中に日本の四季の情感(この曲では晩秋から冬)を初めて盛り込んだ作品です。自分の信じる道を一途に歩もうとする人間の情熱を、芭蕉の辞世の句、「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」の中にイメージし、1985年(バッハ生誕300年)に作曲しました。 1992年6月、イギリス・オックスフォード大学出版局から、この曲の楽譜が出版され、CDは2種類、DVDもリリースされています。

心象イメージ
・私は愛国主義者ではないが、私の生命を育んでくれている空気土水を愛さずにはいられない。私の立っている所で、私の言葉で、素直な私をオルガンに託したい。
そこは、きのうに続く人里離れた所。  「旅に病んで、夢は荒野をかけめぐる」(芭蕉) 【1986年6月21日パイプオルガンコンサートNo.24より】

・先へ進みたい激しい衝動、それを拒む疲れた体、魂は一人はるかな旅路へ歩みはじめる。浮遊する意識、瞼の裏の激昂。 「旅に病んで、夢は枯野をかけめぐる」(芭蕉)
【1987年6月12日パイプオルガンコンサートNo.26】

収録CDタイトル
CD:①「流離〜パイプオルガン、尺八、箏の出会い〜」
②「サラマンカホールの辻オルガン」
DVD:「響きわたる音の神殿〜パイプオルガン〜」)

コラム:「流離」出版によせて
 J.Sバッハの有名な「トッカータとフーガ ニ短調」にあこがれてオルガニストになった私ですが、いつの頃からか、教会やコンサートでオルガンを弾いていて、「何かが違う」「何か足りない」という感じを抱きはじめました。トッカータとフーガ ニ短調には、他の多くのオルガン曲よりも一際鮮やかに演歌的な情感が満ちあふれていて、それが私の心の奥を刺激したのかもしれません。この種の自由奔放な曲は、オルガン曲には意外と少なく、又私達日本人がこの曲を親しむ程には、欧米人は関心を持ってはいません。これらの事に一時は失望したのですが、気をとり直し、それなら私自身で、自分の納得のゆく曲を作曲してみようと思いたって自作自演を始めました。しかしオルガン音楽の伝統のない日本でこのような試みをするのは、恐ろしく孤独な営みです。不安の日々が続き、健康を害した事もありました。それでも日本の風土の情感、季節感、二人称的な呼びかけの中に潜む暖かさなどをオリジナルのオルガン音楽の中にとり入れてみると、驚くほど自然にスムーズに溶けこんでゆくのです。考えてみれば、オルガン音楽は、ヨーロッパにおいて「神の家」である教会の中で、普遍的なもの、永遠なるものをめざして数百年かけて発達してきました。ですから、うつろいやすい二人称的表現や、自然の四季の情感といったものは、宗教音楽として客観的な視点を重視するオルガン音楽からは、意識的に除外されてきたのだろうと思います。私がかつて感じた「何か足りない」ものは、ヨーロッパのオルガン音楽の中に、数百年欠けていたものなのです。今まで、神の偉大さ、権威、愛を表現する為にのみ存在してきたオルガンが、私の作品では、四季に彩られた大自然のおおらかな力強さ、きびしさ、やさしさといった情感をも語っています。  最近では、ヨーロッパのオルガニストから、日本人の作品を弾きたいという問いあわせも寄せられており、「流離」が出版されることは、オルガン音楽における新分野の発展のきっかけになるであろうと思われます。〜 後 略 〜 【1992年6月21日オルガンコンサートNo.32より】

初演情報
1985.11.9
会場/武蔵野市民文化会館
演奏者/酒井多賀志