酒井多賀志の歩んだ道のり

酒井多賀志の歩んだ道のり

日本におけるコンサート・オルガニストのパイオニアとして

とうきょうじゅんしん えずみきねんこうどう さかいえりこ さく

酒井多賀志設計パイプオルガン 東京純心女子学園 江角記念講堂

長女・酒井恵理子(画:水彩)

2020年5月17日

1948年1月1日、東京・東中野で出生。4歳より、リードオルガンに親しむ。

1972年 東京芸術大学オルガン科大学院修了。

☆1970年、在学中に、万国博オルガン・コンクールで最高位入賞、以後演奏活動に入る。バッハとフランクを中心に古典から現代まで幅広いレパートリーをとりあげ、この分野で第一人者との評価をえている。また武蔵野市民会館、府中芸術の森劇場、東京純心大学のパイプオルガン設置に尽力、日本でのパイプオルガン音楽の普及に献身。

1974年 自主企画のリサイタルシリーズ開始(2011年、50回で終了)

1978年 初の実況録音レコードが発売され、高く評価される。

*         *          *

1981年 完全音程(5度)を主体にして作曲に着手、自作自演を開始する。

1987年 以降は、オリジナル作品で邦楽器との共演に取り組む。        

1990年 尺八・琴とのユニークなアンサンブルがCD化される。        

1992年 オリジナルのオルガン曲「流離」(SASURAI)がオックスフフォード大学出版局より出版される。

1992年 奄美島唄の第一人者、坪山豊氏とのアンサンブルを開始する。

1996年 世界的なクラリネット奏者A. プリンツ氏と、オリジナル作品で共演する。

2000~’05年、CD「酒井多賀志パイプオルガンリサイタル」NO.1~6をリリース 

2006年 坪山豊氏とのアンサンブルCD「珊瑚礁の風」リリース

2007年 CD「サラマンカホールの辻オルガン」リリース

2009年 CD宮崎県立芸術劇場「アイザック・スターンホールの須藤オルガン」リリース

2011年 DVD「響きわたる音の神殿パイプオルガン」をリリース

2011年 東京純心女子大学を退職   

*          *           *

2012年 デジタルパイプオルガンコンサートのシリーズを開始(2019年、No.15まで)

2017年 平山城址にクラヴィーア音楽研修所開設、ホームコンサート開始(No.6まで)

2019年12月13日、虚血性心不全で自宅にて死去(71歳)。 作品総数は77曲。

☆カトリック吉祥寺教会オルガニスト、東京純心大学客員教授、日本演奏連盟会員、日本オルガニスト協会会員。

<オルガン以外の活動>

1972~’91年、シュトルム合唱団の常任指揮者を務める。

1972~’92年、シュトルム合奏団(芸大、桐朋、国立音大卒の有志による弦楽合奏団)の常任指揮者を務める。

1981~’87年、チェンバロ奏者としても活動。7回のリサイタルを開く。後クラヴィーア音楽研修所で継続。

☆日本の旋律・美意識に根ざしたオルガン音楽の創造を

▽情報や交通が発達すれば世界は一つになると思っている人が多いかと思いますが、逆の視点もあります。

相手との距離が適当であればうまくいっている関係が、情報や交通が発達することによって、その距離が圧迫され、相手との関係がうまく作れず、紛争が起きるとも言えるのです。情報と交通の発達は現在の私達にとって、「相手との距離」の取り方においてバランスを崩しており、これが様々な紛争の火種を作っているのではないでしょうか。

音楽の解釈においても、例えばドイツと日本の間に距離があるときは、日本人の解釈によるバッハの音楽が存在出来る可能性がありましたが、その距離が縮まり、本場のドイツ人による解釈が日本で日常的に演奏される現在では、日本人による解釈が正統なものとして受け入れられる可能性はほとんどありません。

私達の音楽における自己実現の為には、H.シュッツや山田耕筰達のように、外国で学んだ優れた技法を生かし、自国の身近な素材を発展させる可能性を追求するべきなのです。21世紀の世界はおそらく、各民族がそれぞれの特性を主張しながらも相手の特性を認めつつ、動的なバランスを求めてポリフォニックな調和を作り出そうとする方向へむかうのではないかと思います。(酒井オリジナルHP「オルガン音楽工房サカイ」メッセージBより)

▽日本では盆栽、石庭、俳句、短歌等に代表されるように、大きい物を、小さい物を使って表現する文化があります。意味なく大きいものは「野暮」といわれ、敬遠されます。私の作曲した歌曲は、バッハのカンタータの様式の上に、イタリアオペラの劇的な効果をどうやって盛り込もうかという実験の場でした。しかし私も重厚長大なオペラを作る気持ちは全くなく、しかも信時潔の短い作品にも共感できるのは、「粋」のセンスが私の中にも働いているからだ、とあらためて思いました。(CD「和から洋を顧みる」より) 

☆デジタルパイプオルガン普及の必要性

①自然災害が多い日本では、もしもの時の為に、デジタルパイプオルガンは絶対必要。1973年、私の唯一の練習場所であったカトリック吉祥寺教会が火事にあい、発表の場、練習楽器を失ってしまいました。やむなく知人のお宅を転々として、クロダオルガンをお借りして練習を続けました。もしあの頃、クロダトーンという電子楽器が無ければ、今日の私はありません。

2011年の東日本大震災の場合も多くのオルガンが被災し、修復に多くの時間がかかっています。オルガンは大きくなればなるほど、地震の被害を受けやすいのです。もし東京で大地震がおきたら・・・。しばらくの間オルガ二ストの日々の営みを守る事が出来るのは、電子オルガンかデジタルパイプオルガンです。

②パイプオルガンが無いところでも、オルガン曲を演奏できる。2011年の8月に宮城県と、岩手県を訪問し、デジタルパイプオルガンを持ち込んで、慰問コンサートを行いました。現地では、故郷、赤とんぼ、紅葉、荒城の月(青葉城に土井晩翠の碑がある)等、皆すごく大きな声で歌って下さり、大変喜んでいただきました。会衆の歌をしっかり支えるというのは、本来大型のパイプオルガンに課せられた最大の役目であり、醍醐味です。普段パイプオルガンを演奏出来ない所でも演奏出来るということは、オルガン音楽を広める意味でも素晴らしいことで、聴衆に近い場所で演奏でき、他の楽器、声楽とのアンサンブルもやりやすくなります。

日本の多くの建物は、音響的にパイプオルガンには向いていませんが、デジタルパイプオルガンは音響を調整する事で、良く響くパイプオルガン特有の演奏効果を発揮できる状況を作りだす事が出来ます。様々な地域にオルガン音楽を伝え、新しい分野を切り開くものとして、従来の楽器と共存共栄していけると期待しています。(HP「オルガン音楽工房サカイ」メッセージOより)

Takashi Sakai Profile

1972 Achieved a Masters degree from Tokyo National University of Fine Arts & Music (Major: Organ).

1970 Won a first prize in Expo Organ Contest and began to give concerts.  Repertoire is from classical music (Bach, Frank mainly) to modern music. 

1978 The first live record was released and was a success.

1981-Began to study perfect interval as a subject and began to compose and perform original music.

1987-Began to perform with Japanese instruments in original music.

1990 A CD of unique ensemble with Shakuhach & Koto was released.

1992 Original organ music ‘SASURAI’ was published by Oxford University Press.

Began ensemble with an Amami-folksong pioneer, Mr. Yutaka Tsuboyama.

1996 Performed with a world-class clarinetist, Mr. Alfred Prinz and is considered as

a pioneer in the organ field. 

Current positions: Kichijoji Catholic Church Organist(2019.12.13)